数ある場所の中から、なぜ鳩は、よりにもよって人間の生活空間であるマンションのベランダを選んで、卵を産み、子育てをするのでしょうか。その理由は、鳩の祖先から受け継がれてきた本能と、現代の都市環境が、皮肉にも完璧にマッチしてしまったことにあります。鳩の原種である「カワラバト」は、その名の通り、もともと海岸沿いの断崖絶壁や、岩場の窪みといった場所を、巣作りの拠点としていました。そのような場所は、地上を徘徊する猫や蛇、イタチといった天敵から、卵や雛を安全に守ることができ、雨風もしのげる、子育てに最適な環境だったのです。そして、現代の都市に林立するコンクリート製のマンションやビルは、鳩にとって、まさに「人工的に作られた、巨大な断崖絶壁」そのものに見えています。その中でも、ベランダは、三方向が壁で囲まれ、上には屋根(あるいは上の階の床)があり、まさに断崖の窪みと同じ構造をしています。特に、エアコンの室外機の裏や、給湯器の隙間、あるいは普段あまり使われていないサービスバルコニーの物陰などは、天敵であるカラスの目からも逃れやすく、彼らにとって五つ星の安全な個室となるのです。また、都市部には、公園や広場で人間が与える餌や、飲食店から出る生ゴミなど、一年を通じて安定した食料源が豊富に存在します。水飲み場にも事欠きません。このように、「安全な巣の場所」と「豊富な餌」という、繁殖に必要な二大要素が完璧に揃っているため、鳩は安心して、一年中産卵と子育てを繰り返すことができるのです。私たちの快適な住環境が、意図せずして、鳩にとっての最高の繁殖コロニーを提供してしまっている。この皮肉な現実を理解することが、鳩被害の問題の根深さを知るための第一歩となります。